2010年6月9日水曜日

インドからの留学生

今日の昼、一人のおじさんが店に来た。


ちょうど外を見ていて、玄関前の横断歩道を歩く彼をめずらしさも手伝って眺めていると、足と目が明らかにこっちを向いている。

まさかと思うと、そのままスッとご来店。

店に入るやいなや、社員証などが入ってそうなビニールのケースを僕の目の前に差し出した。

中には『私はインドから来た留学生です。絵やアクセサリーを買って下さい。』みたいなことが書かれている紙が入っていた。

字は明朝で紙はだいぶ黄ばんでいた。何年持ってるんだろう?学生??と思いながらその紙とおじさんとを交互に見比べていると、店の電話が鳴った。

「Just a moment , please .」

合ってるかどうか分らないがとっさに口から出た。

電話を切ると、ノンアルコールビールを注文された。

栓を抜き、代金と交換するとほぼ同時に絵を見せられ

three thousand five hudred yen.

いきなりこう言われた。

「スリー‥‥三千五百円?!」

と聞くと、

「そう、さんぜんごひゃくえん。」

と返して来た。

かなり聞き取りやすい日本語だったので、百戦錬磨なんだろうな、と思ってしまった。

日本に来て6年目で、この前まで福岡にいたらしい。

見せられた絵は、誰でも見たことのある有名な絵(風景画など)贋作が多く混じっていて、聞けば、アルミ箔にスプレーを吹き付けて製作してあるものだそうだ。

絵としては全く好みでは無かったが、物としては素直にきれいだと思った。



「ここで売ればいいよ。500円ぐらいのアルミの額に入れて売ればきっと高くで売れるよ。他のどこにもないよ、こんなもの。」

と言われた。

きれいだけど、正直売れないだろうなぁ。と思った。



友人がちょうど、早岐茶市で、南米雑貨とアジア雑貨を扱っているお店を出していた。

ここからはだいぶ距離があるので、おじさんにここまでどうやって来たのかと聞くと、自転車でと言う。

友人も乗るか、おじさんも行けるのか、かなり微妙なところだが一応と思い友人の携帯に電話しどうかと聞くと、二つ返事で断られた。



力にもなれず、別に欲しくもないのに、値切るのも嫌だったので「ごめんね、ごめん。」というと、向こうのほうから「いくらなら買うか。」

と言ってきた。

原価が知れたものだということは分かっているし、それを基準に算出した金額を支払ったところで、このおじさんは実際今、日本にいるのだから何の足しにもならないだろうし、納得もしないだろう。

この世界中の格差のおかげで、日本は何不自由無い暮らしができていると思うのだが、食うか食われるかの社会でもあるわけだし、食われるのは気分的に嫌だとも思った。

商売なら仕方ないが、格差の恩恵を受けていながら、こういう取引だけフラットに、というのは、偽善と自覚しながら抵抗がある。

だから、正直にこの金額なら払えるという金額を言った。

顔がかなり渋くなったが、オーケーしてくれた。


「まだあるよ。」と言って黒の合皮のバッグから絵を出してくれた。

残念ながら好みの物は無かったが、せっかくきれいな物だし姪っ子達へ何かプレゼントしてあげることにした。

そう思いながら、物色していると、

「山、高く売れるよ。」

と言って来た。

イントネーションと言葉の組み合わせで、どうしてか分らないが、心の中で吹き出してしまった。

どうしてかを考えると、やはり、日本人の笑いは深いと思いながらも、暗いとも思った。

絵には、作者のネームがサインしてあるものもあり、一体どんな人が作ったのかと尋ねると、友人と言う。

半分は遠い国でこの絵を製作したインドの友人の小話が出ることを期待し、もう半分は疑心から、そのネームの字を一文字、一文字、黙読しつつ友人の名を聞くと、おじさんの声は止まった。

友人の名前を忘れてしまったのか。疑うこっちもこっちだが、嘘ならそういうのはやめて欲しいなと思った。


ミューカスは洋書を扱っているということもあり、外国へたまに行く方、留学する方、留学していた方、そしてバックパッカーの方などがちょこちょこいらっしゃる。

おかげで、さまざまな国のちょっとした経験や感想を聞かせていただく機会があるのだが、中でも一番興味をそそられるのがバックパッカーの方の話だ。

彼らこそ地球人であり、共感できる感性を僕は持ち合わせてないのだが、その感覚は胸に沁みそうな気になるものが多くある。

そして、そのバックパッカーの方達が口を揃えて凄いと言う国がまさに「インド」なのである。

しかも余談だが、少し前に手塚治虫先生の『ブッダ』を読んだばかり。

僕の中でインドという国とそこに生きる国民は、少しだけ特別なものになっていた。

人間というものの真理があるような気がするのだ。


目の前にいるインド人のおじさんの茶色の目を、会話する間中ずっと見ていた。

数えきれない人達とコミュニケーションをとってきたであろうこのおじさんの目は、濁っているようにも、またとても澄んでいるようにも見え、まるで自分の底を見透かされているようで、吸い込まれてしまいそうな気分になった。


とにかく小さい子が喜んでくれそうな絵を選び、それと友人用にもう一枚、お金を支払った。

取引が成立すると、ものすごくすぐに彼は帰る仕草を始めた。

最後にわかったことだが、自転車は折り畳み式で、福岡からはバスで来たらしい。

そりゃ6年も日本にいればバスぐらい乗るだろう。

勘違いで、悪い癖の変な同情をしたせいか、納得して支払ったはずの金額がなぜかぼったくられた気分になった。

冗談風に「何か1枚サービスしてよ。」

というと、「こんな金額で売ったことないよ。」

と言われた。

最後に、インドのどこから来たのかと聞くと。

「ボンベイ。」

とだけ答え、彼は自転車にまたがって、misarossoの方へ続く緩やかな勾配を登って行った。


買ったのはこの絵、


この写真よりはずっときれいで、姪っ子はきっと喜んでくれるはずだ。

でもこの絵は本当にインドの物なのか?と思いパソコンの前へ

[インド アルミ 絵]と入力し検索すると、このおじさんのことを書いてあるらしいブログがいくつもあった。(笑)しかも、『名倉師匠』と例えてあるものなんか、間違いなく同一人物だ。

どうやらみんな満足しているようだ。


僕もこうしてブログに書いているわけだが、あのおじさんのために僕がいくらで絵を買ったかだけは言わないでおこうと思った。


今度は、好みの物を持って来てくれないかなぁ〜

       From Kenshi

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